コラム

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2017/11/30

Nr.48 ウィーンのクリスマス!

富山 典彦(成城大学教授・独検実行委員)


ハロウィンが終わると,もうクリスマスの飾りつけが街のあちこちで見られるようになりました。ハロウィンはケルト人のお祭りにルーツがあるそうなのですが,今年も農産物が無事に収穫できてこれで冬支度ができるという喜びが,カボチャのお化けをはじめ仮装した人たちにどんちゃん騒ぎをさせたのでしょう。ウィーンには「ハロウィン」はなかったと前回のコラムNr.47に書きましたが,「ハロウィン」という言葉を聞いたことはなかったものの,娘が通っていたウィーンの小学校では,ちょうどその頃に仮装パーティーがありました。仮装用の衣装を Mariahilferstraße のデパート Gerngross で買ったことをつい最近思い出しましたが,その衣装が何だったかはもう忘却の河の底です。

„Frohe Weihnachten!“と題してこのコラムにちょっとした記事を書いてからもう1年。前回のハロウィンに続いて今回はクリスマスだというので,ぼくの頭のなかにはあれこれ記事のネタが浮かんだり消えたり……しかし去年の記事(コラムNr.41)を読み返してみると,そのほとんどはもう書いてしまっています。「ネタバレ」というのはこのことでしょうか。

Advent(待降節)から始まるクリスマスは,この4週間のカレンダー(Adventkalender)の日付をひとつひとつ開けて今か今かと待つのですが,なかにはここに小さなチョコが隠れているものもあり,日本で売られているものはたいていこれですね。クリスマスというのは,12月25日たった一日の行事ではありません。

そういえば,トナカイを駆って赤い帽子をかぶったサンタクロースは,12月24日の夜に「いい子」のところにやって来てその枕元にそっとプレゼントを置いていってくれます。うちの娘がまだ幼かった頃,クリスマスイヴには「早く寝ないとサンタさんが来ないよ」と言って寝かしつけたものです。サンタさんが来るのはいつかと胸をワクワクさせていた娘は,なかなか寝つけないので目をつぶって寝たふりをしていたものでした。

振興会の理事長を務められた平尾浩三先生は宝珠短歌会という素人の集まりを主催されていて,かつて平尾先生の教えを受けたある若手の Deutschlehrerin もたまに来ています。その彼女は「ドイツ語の授業でこの時期にはクリスマス劇を学生に書かせているのだけれど,無償の行為などこの世には存在しないのだから,サンタクロースとその部下のトナカイは詐欺師であったという劇ができてしまった」という内容のことを,字余り字足らずの歌に詠んでいました。

同じドイツ語教師であるぼくがこの歌の批評をすることになったのですが,サンタクロースのもとになった St. Nikolaus は,12月6日に真っ赤な顔をした鬼の Krampus を連れてやって来て,子供たちに「いい子にしていたか?」と尋ね,„Ja.“と答えたらお菓子をあげ,„Nein.“と答えたら Krampus が木の枝でこしらえたムチで子供をたたくのだから,無償の行為ではないなどと,短歌とは直接関係のない話をついしてしまいました。

St. Nikolaus と Krampus に扮した二人組がある家庭にやって来た場面を,ぼくは実際にウィーンで体験しました。そのときほかの人たちと,「秋田のなまはげみたい」と感想を述べました。嘘をついたらもっと恐ろしい罰を受けることでしょうから,子供たちは嘘をつくのも怖かったことでしょう。ところでこの St. Nikolaus は赤い帽子ではなく白い帽子に白装束の司教です。民俗学的に言うとこの二人組は,冬になって山から降りてくる恐ろしい木枯らしだそうです。

ぼくがいた頃のウィーンでは,12月6日に「ザンクト・ニコラウス(St. Nikolaus)」が鬼を連れて来るので,12月24日に「サンタクロース」は来ませんでした。サンタクロースを詐欺師にした歌の作者によると「ザンクト・ニコラウス」がオランダを経由して北欧に至り,そこでトナカイを手に入れてアメリカに渡り「サンタクロース」になったというのです。「サンタクロース」が来る日付も12月6日ではなく12月24日なりました。日本でも12月24日に,プレゼントをもったサンタクロースが来ていますね。ウィーンでは12月24日にプレゼントを携えて子供たちのところに来てくれるのは Christkind,バイエルンとオーストリア方言で言えば Christkindl です。

厳しい冬の寒さのなか,12月6日の聖ニコラウスの日,12月8日のマリアの無原罪受胎の祝日,それに4回の待降節の日曜日……かすかなロウソクの灯火を前にして,神の子イエスの誕生を待つのです。Weihnachten は,蜜蜂の蜜蝋と香料でつくられた蝋燭の芳しい香り(Weihrauch)に包まれた聖なる夜。このクリスマスのころが冬至にあたるということは皆さん御存知ですね。この日を境にして夜が少しずつ短くなるとはいえ,まだまだ寒さの厳しい長い夜が続きます。

ウィーンにいたら,Weihnachtsmarkt に出かけて Punsch(一般的には Glühwein と呼ばれている温かい赤ワインです)を飲んで,この長い夜を楽しく過ごせたでしょう。サンタさん,どうかそんな楽しい夜をプレゼントしてください!