2026/04/21
Nr.83 「世界」を獲得するために(「独検2026夏」受験要項より)
粂川 麻里生 (慶應義塾大学教授・公益財団法人ドイツ語学文学振興会理事長)
詩人ゲーテ(1749-1832)の思想を表すキーワードのひとつに「世界文学(Weltliteratur)」というものがあります。「世界文学」と聞くと,大手出版社が出している「世界文学全集」のようなものを想像する人も多いかもしれませんが,それとは違います。『史記』や『源氏物語』,『イーリアス』や『神曲』といったひとつの文化や時代を象徴するような偉大な文学作品は,一個の文化圏を超えて,世界共有の文化的財産だというのは,それはそうでしょうけれども,ゲーテは「世界文学」という言葉でちょっと違うことを考えていました。
ゲーテにとっての「世界文学」は,19世紀の初めごろから重要な概念になりつつあった「国民文学(Nationalliteratur)」という概念と対になるものでした。国民文学は,ひとつの国が近代国家として成立し,その「国民」と「国語」が形成される中で生まれてくるもので,その国の根本的な価値観や感受性(あるいは根源的に潜んでいる矛盾)が表現されるものとされました。わが国でも,二葉亭四迷や坪内逍遥,夏目漱石や森鷗外らによって国民文学の基礎が形成されました。
そのような「国民文学」が,さらにお互いの中に映り合うという合わせ鏡のようなシステムが,ゲーテの「世界文学」でした。すなわち,それぞれの言語の中に外国の文学がさまざまなかたちで翻訳されて,各文化圏の中に「世界」が育っていくことが,「世界文学」だというのです。どれほど英語やラテン語などが広く用いられても,それが完全にユニバーサルな「世界語」になるわけではありませんから,「世界文学」を表現するひとつの言語があるのではなく,それぞれの国民文学の内部に複数の「世界文学」が形成されていく,という考え方でした。
そのように考えれば,世界中の様々な文化・文明が,それぞれの固有性を失うことなく,世界性あるいは普遍性に向かって発展していける,それがゲーテが抱いた「世界文学」の理念でした。そのためには,「翻訳」そしてその前提となる「外国語習得」という作業が非常に重要なものとなってきます。いま様々に分裂してしまった「世界」の中で人類が直面している困難を乗り越えていくためには,どうにかして各文明がそれぞれに「世界文学」を獲得し,それぞれの文化において「世界」を獲得していかなければならないでしょう。日本の各所でドイツ語を学んでいらっしゃる皆さんは,その担い手なのであって,貴い使命を帯びていらっしゃるのだと私は考えています。