コラム

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2024/03/07

Nr.69 ルートヴィヒ一世と建築家

武井 香織(元筑波大学教授・公益財団法人ドイツ語学文学振興会理事)


バイエルンの王様としてはノイシュヴァンシュタイン城を造ったルートヴィヒ二世が有名ですが,彼のおじいさんのルートヴィヒ一世(在位1825−1848)も孫に劣らぬ建築狂でした。今日でも見られるミュンヒェンの壮麗な市街地景観は,ほとんどがルートヴィヒ一世の時代に形づくられたものです。特に王宮(Residenz)から北にミュンヒェン大学の敷地を貫通し,凱旋門(Siegestor)に至る大通りは,彼の名前からルートヴィヒ通りと名づけられています。孫の二世がアルプス山中の谷間にまるでおとぎ話に出てくるような城を建てたのは,ひとえに自分が引きこもるためでしたが,おじいさんの一世が建てたのは公共建築で,それもミュンヒェンを他のヨーロッパの首都に負けない格調の高い町にするためでした。

彼のもとには,二人の優秀な建築家がいました。一人はクレンツェ(Leo von Klenze,1784-1864),もう一人はゲルトナー(Friedrich von Gärtner,1791-1847)です。ルートヴィヒ一世はこの二人の功名心を巧みに操り,互いに競わせながらさまざまな建物を建てさせました。

彼らの生年は7年しか離れていませんが,この年齢差は二人の建築思想や美意識に決定的な違いをもたらしているようです。クレンツェが建築を学んだ19世紀初頭は,ギリシャ・ローマ芸術を規範とする古典主義が一世を風靡した時代でした。これは文学を始め,あらゆる芸術に通じる傾向で,ドイツの建築ではベルリンで活躍したシンケル(Karl Friedrich Schinkel,1781-1841)がその代表者です。シンケルの作品は厳正な古典主義の枠の中に男性的なプロイセンの美意識を流し込んだような印象を与えますが,一方クレンツェはイタリア・ルネッサンス建築にも造詣が深く,彼が建てたミュンヒェン王宮の一番南側,バイエルン国立歌劇場の前のマックス・ヨーゼフ広場に面した国王棟(Königsbau)は,フィレンツェのピッティ宮殿を模範としたものとして有名です。ルートヴィヒ一世は若いときに当時の貴族の青年がみな行ったように,イタリアを旅行してすっかりイタリアかぶれになってしまいました。彼は刺激を受けるとのめり込むタイプのようで,ギリシャに惹かれると徹底的にギリシャ化を推進し,地名のスペルでも i ではなく y に変えさせたりしています (Bayreuthなど)。y はフランス語で「イグレック」と呼んでいることからもわかるとおり,ギリシャ語を連想させる文字です。王宮をピッティ宮殿そっくりに建てるよう命じられたクレンツェは,最初抵抗したそうです。大きな窓が連続するイタリア宮殿のデザインは,温暖な気候だから可能なのであり,寒いドイツには向かない,というのがその理由でした。しかし施主の王に押しきられてしまいました。一方クレンツェの古典主義的な作品は,シンケル以上に純粋にギリシャ的な印象を与えます。言わばギリシャのエッセンスを抽出した感じで,シンケルの厳粛に対して繊細,端正な美を見せています。その典型が彫刻美術館(Glyptothek)とプロピュレエン(Propyläen)です。プロピュレエンはもともとは古代アテネでアクロポリスの入り口に置かれた門のことで,ミュンヒェンではルートヴィヒ通りを中心に大学や美術館,官庁などを配した新市街の西の門という位置づけで建てられました。

ゲルトナーはフランスやイタリアで学んだ期間が長く,次の世代のロマン主義に近い感性を持っていた人物でした。彼の建築の特徴は,中世最盛期のロマネスク様式を意識した丸アーチ(Rundbogen)を多用しているところにあります。彼について詳しくは別の回に譲ります。

さて,ヴィーン会議以後小国ながら王国を名乗ることになったバイエルンの首都ミュンヒェンは,こうして建築狂ルートヴィヒ一世のもと,王国の都にふさわしい美観を整えていき,ミュンヒェン市民のなかには自慢する向きもあったようですが,詩人のハイネ(Heinrich Heine,1797-1856)はこれを皮肉って,こんなことを書いています。

ミュンヒェンのビアホールに,ベルリンから来た友人と一緒に入った。友人は「ここの連中は『イーザル河畔のアテネ』などと自慢しているようだが,田舎者のバイエルン人にはアッティカの塩味(風刺や皮肉の効いた言葉遣いのこと。アッティカはアテネを中心としたギリシャの地方)を混ぜるなんて気の利いたことはできないだろう。ましてやイロニーなんて理解できるはずがあるまい」と,ビールをあおりながらまくし立てた。ちょうどそのときテーブルの脇を通っていた若いウェイトレスがすまなそうな顔をして言った。「お客さん,申し訳ありません,ビールなら何でも取りそろえていますが,イロニーという銘柄のビールはうちには置いてありません。」

  • (註)
    • イロニー(Ironie)は英語で言えば「アイロニー」で,「皮肉」「機知に富んだ侮蔑」のことです。ハイネの散文にはイロニーが満ちています。