2023/09/07
Nr.66 もっと”ドイツ”を!(「独検2023冬」受験要項より)
粂川 麻里生 (慶應義塾大学教授・公益財団法人ドイツ語学文学振興会理事長)
2023年冬の独検のお声がけの時期がやってまいりました。さて,皆さんは,何を目標にしてドイツ語を学んでいらっしゃるのでしょうか。いつかドイツやスイス,オーストリアに旅行に行くこと? インターネットでドイツ語のニュースを理解すること? デュッセルドルフで生まれたお孫さんとオンライン通話すること? ヘルマン・ヘッセをドイツ語で読むこと? ドイツワインのラベルを読むこと? 脳の老化を防止すること? ……そのいずれの目標にも,独検は(ある程度は……)お応えできるはずです。独検も「公益事業」のひとつとして認定を受けておりますので,ドイツ語に関心を持っていらっしゃる日本語話者の方であれば,どなたにでも楽しく取り組んでいただけるように内容が設定されているからです。
ドイツ語を学んでドイツ語圏に旅行に行ければ,それは楽しいかもしれませんが,それが絶対の「一番」ではありません。第二次大戦時にアメリカに亡命してカリフォルニアに住んでいたトーマス・マンは,「私がドイツ語を使っている場所がドイツだ」と言い放って物議を醸しましたが,たしかに,「言葉」と「土地」の結びつきは絶対的なものではないのです。ナチス政権下で思想も芸術も生活も著しく制限を受け,書物も焼かれるドイツよりは,「自分がドイツ語を書いているこの場所こそが“ドイツ”だ」と文豪マンが思ったとしても,不思議はないでしょう。
しかし,それは何もマンに限ったことではありません。言葉は,世界のどこにいても,学ぶことはできますし,使うこともできます。言葉は自由なのです。現代ドイツの小説家の中で「一番日本文化に詳しい」と言われるクリストフ・ペータースさんは,中学生の頃から日本文化に浸った生活を送ってきたそうですが,50歳台半ばまで日本に来たことはありませんでした。それでも,「なんの不満も不自由も感じなかった」とおっしゃいます。大好きな信楽焼や水墨画が,いつも身近にあったからだそうです。皆さんが,楽しく張り合いを持ってドイツ語を学んでおられるなら,そこもまた「ドイツ」だと言えるでしょう。独検を運営している私たちスタッフは,日本全国のいろいろな場所に「ドイツ」が生まれてくることを願っています。