コラム

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2022/07/22

Nr.62 ドイツ人のジョーク

武井 香織(元筑波大学教授・公益財団法人ドイツ語学文学振興会理事)


ドイツ人に限らずヨーロッパ人はみなジョークが好きです。パーティーでスピーチをするときには,必ずと言っていいほど機知に富んだジョークが入ります。

ちなみにジョークのことをドイツ語ではヴィッツ(Witz)と言いますが,少し長めの小咄風のものはアネクドーテ(Anekdote)とも言います。

日本人が驚くのは,このジョークの内容に,他国やドイツ国内の他地域を揶揄するようなものが多いことです。日本では明治以来の中央集権的な発展の中で,東京以外の地域は遅れた田舎ということにされ,地方への揶揄はすなわち差別となってタブーとなっていますが,これに対してドイツは,プロイセンが中心となって近代国家が成立したとはいえ,各地方の独立性が強く,それぞれの住民に一方的な強者弱者という観念がないことが揶揄を可能にしているといえるでしょう。さらにドイツ人と話していて,近代以前に各地方がお互い敵国となって戦争をした時代の記憶を引きずっているのでは,と思わせられることもあります。いわばそのガス抜きをしているのがジョークなのかも知れません。ジョークでやり合うことで,実際に対面したときに不機嫌な顔をしたり,傷つけ合ったりすることを防いでいるのではないでしょうか。

さて,ドイツの各地方の中でも,プロイセンと最後まで対立したバイエルンは,とかく揶揄の対象とされる傾向があるようです。

たとえば,標準ドイツ語が身につかない(あるいは身につけようとしない)バイエルン人を皮肉ったつぎのようなジョークがあります。

Was ist der Unterschied zwischen einem Türken und einem Bayern?
--- Der Türke kann besser Deutsch.*1

ドイツ語をしっかり勉強して,少しでも有利な職を得たいと頑張っている Gastarbeiter(外国人労働者)のトルコ人は「正しい」ドイツ語を身につけているのに,誇り高い地元のバイエルン人はいつまでも方言丸出しだ,と言うことでしょうか。

今から半世紀ほど前,日本が高度経済成長によって豊かになると,ヨーロッパに大勢の日本人観光客が押し寄せました。そのころの日本人をからかったジョークがあります。何とヨーデルを最初に歌ったのは日本人だというのです。

Ein Ehepaar aus Japan wandert in den Alpen in der Schweiz. Der Mann mit Brille trägt ein Radio in der Hand. Auf einem steilen Hang guckt er hinunter und läßt das Radio runter fallen. Er sagt seiner gehorsamen Frau: „Hol da Radio!“. Das war der erste Jodel.*2

Hol は動詞 holen「取って来る」の命令形だということはおわかりですよね。日本の男性は奥さんに高圧的,女性は従順というお決まりの決めつけ(「上から目線」のオリエンタリズム?)も少々感じられてしまいます。

最後に,ドイツ語を学習している皆さんならきっと大笑いするジョークです。

Zwei Hunde treffen sich. Bellt der eine: „Wau.“
Der andere: „Kikeriki.“
„Was ist denn mit dir los?“ fragte der erste.
„Ja“, sagte der andere, „heutzutage muß man Fremdsprachen können.“*3


*1
トルコ人とバイエルン人の違いは何だ?
--- トルコ人の方がドイツ語がうまいってことだ。
*2
日本人の夫婦がスイスのアルプスでハイキングをしていた。夫は眼鏡を掛け,手にはラジオを持っている。ある険しい崖の上で下をのぞき込んだとき,彼はラジオを落としてしまった。彼は従順な妻に「ラジオを取ってこい!」と言った。これがヨーデルの始まりである。
*3
二匹の犬が出会った。一匹が「ワン」と吠えた。
もう一匹の方は「コケコッコー」と応じた。
「君はどうしちゃったんだね?」と一匹目の犬がたずねた。
「なにね」と二匹目が答えた。「最近は外国語ができなくちゃいけないからね。」