コラム

ここからページの本文です

2017/04/10

Nr.44 「友だちをコーヒーに詰め込む」??

富山 典彦(成城大学教授・独検実行委員)


ドイツ語を学んでいる皆さんの多くはすでに英語を学んでいて,そのあとドイツ語の勉強を始めたと思います。高校入試や大学入試で必ずと言っていいほど出題される英語ですから,「英語の勉強」=「受験勉強」だった人も多いことでしょう。

受験勉強だから,ひとつひとつの単語をきちんと覚えなくてはならない,そのために単語カードの「表に英語・裏に日本語」を書いて,1枚1枚ひっくり返してみる……そんな光景を目にすることがあります。例えば,カードの表に house,裏に「家」,というように。

ドイツ語を学ぶ場合,同じカードの表に Haus,裏に「家」としか書かなかったら,情報が不足しすぎています。Haus という名詞の性は何か,複数形はどのような形になるか,少なくともその情報は必要です。そのほかにも,「家に帰る」は nach Haus[e] gehen,「家にいる」は zu Haus[e] sein/bleiben ですが,それくらいは加えておきたいところです。

ある単語に日本語訳を1つだけ,というのは暗記するには効率がいいのですが,気をつけないと大きな間違いをしてしまいます。ぼくはマンションに住んでいますが,ドイツ人をぼくの「家」に案内して,„Das ist mein Haus.“ とでも言おうものなら,きっとそのドイツ人は驚いてしまうことでしょう。Haus は建物全体を表す言葉で,ドイツのどこの大学だったか,大学の○号館を Haus と呼んでいたのを記憶しています。

さて,ずいぶん以前のことになりますが,ぼくがまだ大学近くの下宿に住んでいた頃,同じ下宿でぼくを「先輩」と呼んでいた他大学の学生がいました。彼はドイツ語を学んでいて,「先輩,この文の訳はこれでいいの?」と尋ねました。その訳とは「私は友だちをコーヒーのなかに詰め込もうと思う。」というものでした。「コーヒーのなかに友だちを詰め込む」ってどういうこと? あわてて原文を見せてもらったら,次のようなものでした。

Ich lade meinen Freund zum Kaffee ein.

彼は,ひとつひとつの単語を独和辞典で調べて,それをつなげて訳したのですね。

lade は laden だとわかって「詰め込む」,meinen は動詞で「思う」,zum は「~へ」,そして ein は独和辞典の説明では分離動詞の前つづりで「なかへ」という意味だと書いてあります。彼は分離動詞が何であるのか,無視したか理解していなかったのですね。それに,動詞が2つ並ぶはずもなく,meinen は所有代名詞 mein が格変化した形です。

「私は私の友だちをコーヒーに招待する。」と訳せば一応は正解です。

「一応は」というのは,「私」が女性の場合この「友だち」はただの友だちではなくむしろ「恋人」と考えるべきでしょう。「コーヒーに招待する」というのも,家(meine Wohnung)にその「友だち」を呼んでコーヒーに手作りケーキなどを添えてごちそうする,つまり,食事に招待したわけではない,という意味が含まれることも考えておく必要があります。

喫茶店でいっしょにコーヒーを飲んでいて,„Heute lade ich dich ein.“ と言う場合は,「今日私は君を招待する」ではなく,「今日はおごるよ」という程度の日本語訳がいいでしょう。

ひとつひとつの単語には,意味の広がりと奥深さがあり,それが用いられてきた地域性と歴史がありますから,日本語との一対一対応で暗記するのはやめにして,新たな気持ちでドイツ語の単語のひとつひとつに向き合ってみてください。