コラム

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2016/07/11

Nr.37 ドイツ語事始め

富山 典彦(成城大学教授・独検実行委員)


ドイツ語技能検定試験(独検)に興味をもって,このホームページを開いてくださった皆さん,Guten Tag!

今ぼくは,ドイツ語で Guten Tag! と言いましたが,ぼくがまだ若かったころ留学したウィーンでは,Grüß Gott! と言っていました。学生同士だと,Servus! と言うのがふつうで,しかもこの言い方はどちらも,朝でも昼でも晩でも,一日中使うことができます。それどころか Servus! は,「さようなら」のときにも使っていたように記憶しています。

どこの国にも方言というのがありますが,ドイツ語は現在,ドイツ連邦共和国とオーストリア共和国の「国語」であり,4つの言語を「国語」とするスイスでも,ドイツ語はもっとも広い地域をカバーしています。それから,忘れてならないのは,リヒテンシュタイン侯国という小さな国でもドイツ語が「国語」だということです。

このような「国語」ではありませんが,ベルギーやオランダにもドイツ語を「母語」にしている人たちが住んでいますし,フランスのアルザスでもともと話されていたアルザス語は,ドイツ語の方言です。それから,オーストリアのチロル地方の南に南チロルという地域があり,現在はイタリアになっていますが,ここの人たちが話すチロル語も,もちろんドイツ語の方言です。

ドイツとチェコの国境は,鉱物資源の宝庫だったので,かつて多くのドイツ人が入植し,国境を形成している山地のドイツ側とチェコ側(当時はボヘミア王国でしたが)に住んでいました。ふつうは山の頂が国境となるのですが,この地域は,山の頂の両側がひとつの地方となっていて,ズデーデン地方と呼ばれていました。ここに住むドイツ人も,もちろんドイツ語の方言を話していましたが,ドイツがヒトラーに支配された時代に,ズデーデン・ドイツ人もドイツ人だから,ここもドイツだということになり,ドイツ第三帝国に併合されてしまいます。そのため現在は,山の頂がふたつの国家を分けています。

こういう話をし始めたら,まだまだ終わりませんが,これからこのぼくが,独検のこのコーナーを担当させてもらうことになりましたので,折りに触れて「ドイツ語圏」の歴史を語っていきたいと思います。

今回は,独検創設にひとかたならぬ功績のある神品芳夫先生の発案で始まったこのコラム執筆者に新たに加えていただき,これから何を話題にすればいいか,いろいろ考えあぐねているぼくの自己紹介,というのもつまらないので,ドイツ語と自分との関わりについて,ちょっと一言申し上げておきましょう。

人生には,さまざまな出会いがあり,その出会いによって,その後の人生の方向が変化することがあります。ぼくがドイツ語を始めたきっかけは,NHK のラジオ講座を聞いたことです。当時はよく知られていた「ローレライ」がテーマソングで,その歌詞も紹介されていました。

日本では近藤朔風の訳詞で,音楽の教科書にも載っていた「ローレライ」。ドイツの観光名所のひとつ,ライン川下りでも,カタカナで「ローレライ」と書かれた岩があったそうです。ローレライという名の魔女がその岩の上に座り,美しい金髪を金の櫛でとかしながら,人の心をつかんではなさない妖しい歌を口ずさんでいたといいます。この歌に聴き惚れた舟人は,この岩に衝突して舟もろとも波間に沈んだ,というわけです。

ぼくもまた,ローレライの歌に誘われて,ドイツ語の世界に入り,大学でもドイツ文学を専攻しました。さらに,学部だけでは飽き足らず,大学院に進学したときに,なんと,このラジオ講座で講師をされていた平尾浩三先生と出会ったのでした。

平尾先生からは中世ドイツ語を学びました。残念ながら中世ドイツ語をマスターするには至らなかったのですが,ドイツ語を学ぶ楽しさを教わったように思います。そして,その平尾先生が独検の主催団体であるドイツ語学文学振興会の理事長に就任されたとき,なんとこのぼくを,その理事の一人に採用してくださったのでした。

年を取ると,昔のことがいろいろ思い出されてきて,ついつい昔話に興じてしまいますが,これからは,ドイツ語に興味をもってドイツ語を学んでいる皆さんに,何か少しでも役に立つようなことをお話ししていきたいと思います。

それでは今日はこれにて,Auf Wiedersehen!,あっ,お目にかかっていないので,これはおかしいですか。電話で「さようなら」なら Auf Wiederhören! ですが,このような文章で「さようなら」なら,Auf Wiederlesen?,こんなドイツ語は聞いたことがありませんね。ウィーン風に,Servus! と言ってお別れしておきましょう。

  • (註)
    • sehen:見る,会う
    • hören:聞く
    • lesen:読む
    • wieder:ふたたび